取組事例など

不登校を経験されたかたのお話(その6) 不登校開始から、家庭の安定期へ

 今回は、学校に行かなくなった初期段階の混乱と不安の期間から、どのように家庭生活が安定していったのか、「不登校を考えるシンポジウム」のパネリストとして参加された保護者の言葉をまとめました。


〇 家の中で気を使っていました。何を言えばいいのか、何を言うと本人を傷つけてしまうのか、家族の中でもピリピリしている状態が続きました。家族全体は不登校によって変化をしていた状況でした。「不登校」を受け入れるというつらい過程がありました。

 やがて、本人が本音を言える段階が訪れました。その段階となって、学校に行けていない状況を受け入れて、これが日常の状態なんだと、受け入れられるようになっていきました。

 その後、本人はゲームばかりの生活になっていきます。このままでよいのか、という不安はありましたが、ある意味仕方がないとしながらも、そうしたこともすべて受け入れていくようになりました。すると、落ち着いた生活ができるようになりました。

〇 最初のころ、頭の中は「???」ばかりだったように思います。学校に行かなくなったということで、これがいつまで続くのかという不安もありました。

 今は高校にも行けているし、就職も決まったから安心感はありますが、当時の不安は相当に大きかったです。

 家で本人が暴れる場合もありました。部屋の壁に穴を開けたりもしました。また、そうしたことを親が責めたりもしました。

 今では笑えますが、適応指導教室に行くようになるまでがとっても困難な時期でした。親子で死のうと考えたこともあります。その一歩手前までいったように思います。

「大丈夫」という安易な他者の言葉ほどつらいものはありませんでした。

 接し方は、例えるならば、植物に水や太陽を与えるタイミングみたいのものがありますが、私は、子どもに無理やり水を与えたり、太陽の光を浴びせかけるようなことをしていたのだと、今感じています。そうした親の姿勢が、子どもにとって苦痛だったのではないかと、今は思えます。

 とくに言葉に気をつけるようにしていきました。親といるのがつらかったのではないかと思います。無理に一緒にいるのではなく、ある程度距離をとって接していました。すると、本人から歩み寄ってくるようになりました。


 次回もこの続きを掲載します。

 不登校開始の時期~それを受け入れていく過程で、家の中に安定感が生まれてくる様子を、親御さんの言葉としてまとめます。

 6月22日(月)の掲載予定です。